2日のエントリでは、 「なぜグローバルに出るべきか示されていない」という話をしたが、 私の場合について書いておくべきだろう。
とはいえ、たいしたことをしたわけではない。私がやったことは
これだけである。英文ドキュメント作成の動機は単純である。 以前、技術的に非常に興味深いSchemeインタプリタのソースを入手した時に、 ドキュメントやコメントが全部ロシア語だったことがあった。 で、非常に腹立たしかったので、自分が人に同じ思いをさせるのはイヤというのが直接の動機だった。 英語の勉強にはなったしね。
とはいえ、私も英語は下手くそなので、 当初はあちこちのドキュメントから切った張ったして作った醜いもので、 いまだったら紅白出場停止になりそうな代物だ。
でもって、検索エンジンなどを経由してRubyに興味をもってくれた人が メールをくれたので、それに返事をした、それだけである。 もっとも「やったこと」はそれだけでも、量は半端じゃないんだけどね。
で、グローバルに出ていったことが私にとってどのようなメリットになったのか、と言えば、
海外でも名前が知られるようになった
「RubyのMatz」と言えば、知っている人は知っている存在になった。 名誉欲はオープンソース開発の動機のひとつと聞いているので、 価値も意味もあることなのだろう。個人的にはあまり重要ではないけど。
海外に友達ができた
まあ、これ以外の方法で、Dave Thomas, Andy Hunt, Martin Folwer, Ward Cunningham, Bjarn Stroustrupなどなどと親しく話 す機会は、私にはなかったろうなあ。
人の金で海外旅行ができた
エージェントが倒産して、踏み倒されてしまったLinux Expo Parisを除いては、 JAOO(x2)、OSCONなど年に数回旅費向こう持ちで海外に旅行している。 もっとも観光は全然してないけど。
「外圧」で国内でのポジションも高まった
国内で知られているオープンソースソフトウェアを開発している人は珍しくないが、 海外でも広く使われているものは例外的だ。海外でRubyが使われているおかげで、 国内での立場も向上しているような気がする。 おかげで今の職を得ているような気がするので、このメリットは無視できない。
というようなものだろうか。結構あるじゃん。
しかし、Rubyの開発を始めた10年前ならともかく現在なら、 多くの場合、国内だけでオープンソースソフトウェアのエコシステム(生態系)が確立できそうな気がする。 だとすると、「グローバルに出て行くだけが道でない」という意見に対する適切な反論はないような。
私だって「グローバルに出て行かないともったいないよね」とは思っている。 現状で、それが「万人が」、「英語という壁を乗り越えて」、「出て行くべきだ」と言えるほど 強い動機づけかどうかは自信がないってこと。
むしろ、壁があるっていうなら、それを乗り越えることがビジネスになる。 佐渡さんの話ではそれは「Fake Open Sourcer」なのだそうだが、 僕の目から見たら、(日本の事情を反映した)立派なOSSビジネスに見えるけどなあ。
ビジネスじゃなくても、「日本のOSSを海外に紹介する」なんてのはひとつのプロジェクトになるかもね。 個々の開発者を強制するよりもマシなやり方があるかも。
追記:
give してトクしようって話じゃなくて、take ばっかしてると嫌われるから give もした方がいいんじゃないかって話なだけだと思うんだけど違うんですかね。
「嫌われる」んですかねえ。オープンソースソフトウェアに限って言えば、 いくら take されても実害はありません。「使ってやってるんだ」と言われれば腹が立つけど、 静かに使ってくれているぶんには邪魔にはなりません。
もちろん、giveしてくれるぶんには大歓迎だけど、 「giveもしないでtakeばっかり」というのは違う気がします。
得する例としては、ローカルパッチをちゃんと上流に取り込んでもらうことで、新しいバージョンへの追従をいちいちしなくて良くなることが挙げられるとおもいます。
パッチを本家に返さないってのは私にも理解できないのですが、 国際化パッチのように挙動や仕様を変更してしまうようなものについては そういうことが起きやすいのかもしれません。