最近は自分の机がある本社ではなく、 駅前の「オープンソースラボ」にいることが多いのだが、 今日は(珍しく)お客さんがあった。
プログラミングを学んでそっち方面の仕事に転職したい(CとPerlは読み書きできる)、 けど、まだ勉強が足りないような気がして、とのことだった。
正直、私自身はあまり勉強しようとしてプログラミングを学んだことはないので、 そういうニーズにどう答えたもんだか、と思う。 私は別にそれを仕事にしようとしたわけではなく、 プログラミングそのものが面白いことだと思って、 それを実行してきただけだ。
プログラミング入門書とか見るとなんかすごい違和感があるのはその辺かもしれない。 「プログラミングを学ぶ」ということへの動機づけがよく分からないからだろうか。 「それを仕事にしたいから、採用されるだけのスキルを身につける」というのが 動機なのか。うーむ。
とりあえず、
とアドバイスしておいた。
もしかして、これって「オープンソースラボ」開設以来、 もっとも設立目的にかなった時間だったんではないだろうか。
大新聞社の記者の方がわざわざ島根までいらっしゃって 取材してくださる。Rubyやらオープンソースやら物作りやらをテーマに 3時間も話し込んでしまった。大変、楽しい時間ではあったが、 それを限られた紙面で一般読者にどう伝えるか頭を抱えていらっしゃった。
その辺が新聞記者のつらいところである、たぶん。
「IT化」というのは経営(判断)の自動化でもあるので、 あくまでも「経営の具体化」であって、 あたかも機械を導入するかのように「投資」するという考え方は間違っている、 という話。
確かに、経営陣の持つ「道具を導入する」というイメージと 実際の「仕事そのものを計算機が実行できる程度に明確化・具体化・自動化する」という プロセスとのギャップによって多くの「IT化プロジェクト」の「悲劇」が生まれているような 気がする。
できれば、そういう分野からは離れてくらしたいなあ。 あくまで道具の開発で終始できれば、それはそれで幸せかも。
企業によって支援される「コマーシャルオープンソース」というのは 実際にアリだと思うし、今後ますます重要になっていくとは思う。 私自身もオープンソース企業に雇用されている身だ。否定できるはずもない。
が、だからといってそうでないものを「草の根」と呼んだり、 「コマーシャルオープソースに..草の根オープンソースは太刀打ちできない」 というような捉え方には賛成できない。
リンク先エントリの内容には、 「お金が全て」のような気持ちが透けてみえるし、 従来のビジネスモデルに慣れきった人々からのウケは良くても、 多くの開発者が情熱を傾けている本質への理解が感じられない。 それなしには、たとえ「コマーシャルオープンソース」でも 成立するのは難しいだろう本質なのに。
『ソース公開しているのは(あくまでも)「チラリズム」である』というのは、 オジサンにも理解しやすいオープンソース論だが、 その程度のオープンソース論で、本当にオープンソースビジネスをやっていけるんだろうかと 人ごとながら心配になる。
まあ、この人はSugarCRMの日本代理店の中の人ということなので、 自分とこの商品がオープンソースだろうがなんだろうが、海外から持ってきた ソフトウェア商材を売るというビジネスモデルには変わりない(から、オープンソースの「本質」とか関係ない)ってことなのかもしれない。