オープンソースラボでの初の勉強会。
前田くんが講師でRails入門について。 結構な人数が集まっていた。25人?
中には「市職員です、なにも分かりません」というような サクラっぽい人もいたのだが、 一方では「市職員です。得意技はEmacs Lispです」というような人もいて 油断ならない。
お初にお目にかかる人もたくさん。 で、私もRails勉強しようか、と思っていたのだが、 preview5に向けて内職することがたくさんあって、 結局「いるだけ」で終わってしまった。
まつもとさん、内職しすぎです。
「世界で通用する人」は、日本でも、あるいは世界中のどこでも発生しうる。 別にどこでなければならないということは(あまり)ない。
しかし、...という話。
「世界に通用する人」がどこで暮らす必要があるか、だ。
かつて「世界で通用」するためには、最も大きな市場に自らをおかねばならなかった。テニスならウィンブルドン、そして工業製品では合州国、というわけである。場合によっては人だけではなく工場すらそうする必要があった。車がその典型で、今や日本車は日本以外の国で作られる台数の方が多い。
ところが、今や「世界で通用する人物」は、自分の好きな「田舎」にいながらにして、「ウィンブルドン」に出向く事なく勝負できる時代が来ている。前に紹介してここでもう一度紹介している"The World is Flat"の指摘で最も重要なのは、この一点なのである。
ま、それはそうだよな。もう空間的位置はさほど関係なくなってきている。
と、思っていたら
その点、Matzさんはまさに傑物2.0なのだろう。
私の周辺(ちょっと下の世代かな)は、アメリカ留学したがる人が多くて、 実際に行った人もたくさんいるのだけど、 私自身は今までの人生で一度も、アメリカで勉強したいとか、 仕事したいとか、考えたこともなかった。Matzさんは、合州国どころか東京に「進出」することすら考えていない。考えていなくてもちゃんと世界に通用している。なぜそうなのかと考えると、Matzさんにとって島根が充分「ゆたかな」場所だったからだろう。なんといってもNaClという職場があるのは大きい。
私が登場してしまう。
私のようなのが例になってしまうってのは、 結局そういう生活をしている人の層がまだまだ薄いってことなんだろうな。
田舎暮らしも悪くないっすよ。
「感情的になってしまう」ってのは時々あるな。
他の分野で自分を制御するのはそれほどでもないのだが 子育てではどうにも難しい。 私がかかわってきた他のあらゆる活動と一線を画しているような気がする。
それだけ子育てを通じていろいろなことを学ぶことができるということなのだろう。
いっぱいいるしな。