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Matzにっき


2003年10月06日 [長年日記]

_ [OSS]ソフトウェアエンジニアのオープンソースへの相反する感情

梅田望夫・英語で読むITトレンドから。

私だって、オープンソースに対して複雑な思いがあるのは事実だが、とはいえ、 この「相反する感情」はちょっと浅い。

まあ、元になっている記事がJames Goslingの記事だから無理もない。 彼は自分が改造したEmacsの権利をUnipressに売り渡してしまい、 Richard StallmanがEmacsをスクラッチから書き直さざるをえない原因を作り、 Stallmanにフリーソフトウェアにおける権利の重要性を認識させた張本人だからだ。 GoslingなかりせばGPLは生まれなかったかもしれない。

そのGoslingがオープンソースに対して「I'm a big fan」というのは、少々皮肉だ。

彼の言葉を簡単にまとめると 「ソフトウェアを無料で配ってしまえばどうやって、金を得るの?」 ということだ。

だが、 実際にオープンソースソフトウェアを開発することで生活している私にとっては、 答えは別に「相反する感情」でもなんでもない、 「他のソフトウェア開発者とおんなじように」である。

最初の疑問には暗黙の前提がある。「無料で配布されているソフトウェアからは収入を得ることができない」 というものだ。過去においては確かにそうだった。しかし、現在ではこれはもうあてはまらない。

私はソフトウェアを開発している。私のソフトウェアには価値がある。 それがたとえ無料で配布されていても。 価値があるソフトウェアには、それからお金を生む方法がある。

私のソフトウェアに価値があり、それからお金を生む方法があるならば、 無料で配布されているかどうかに関係なく、それから収入を得ることができる。 なにもソフトウェアをシュリンクパッケージで販売しなくても、 ソフトウェアビジネスはできるのだ。というか、もはやシュリンクパッケージビジネスができるのは マイクロソフトなど限られたビッグプレイヤーだけだろう。

ソフトウェアビジネスのほとんどのプレイヤーはソリューションを提供する。 オープンソースソフトウェアはそのコンポーネントである。 彼らにとって、そのコンポーネントが存在し続けることは価値があり、 開発を支援することには意味がある。

もちろん問題はまだ残っている。 オープンソースソフトウェアから利益を得ている人々から開発者へ 還元するチャネルが狭い(あるいは無い)こととか、 オープンソースビジネスはまだまだ脆弱なこととか。

しかし、梅田氏の言うようなNPOに限定しなくても、あらゆる企業組織で オープンソースソフトウェアが開発され、支援される時代がもう近い、 あるいはすでに来ている、と私なんかは思うのだった。

だから、Mitch KaporのNPOを強調し過ぎるのはあまり適切ではないかもしれない。 彼の仕事は、個別の企業で行われていること、あるいは行われえることの「アウトソーシング」である。 受益者から開発者へのチャネルの強化という点での意義は大きいが、 「NPOだからできること」というわけではない。


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